苦しみに対処する

悩み・苦しみ・悲しみへの判断基準を持つ

■まずは心を癒やすこと

 

 

悩み・苦しみ・悲しみの渦中にいる場合、まず心を癒やすことが先決です。

心と身体は密接につながっており、心が暗く沈み込み、凍りついてしまっている状況で無理に現実を変えようとすると、抑うつ状態になってしまったり、頭が働かなくなったりしかねません。

動ける気力が回復したのであれば、まず考えるべきは2点あります。

 

①それは自分の問題か

たとえば天災や交通事故に遭ったり、他人に悪口を言いふらされたりなど、自分の問題ではないものというものが多々あります。また世界の貧困問題など、心痛むような思いをすることも苦しみの一つといえるでしょう。

しかし、これははっきりと「自分の問題ではない」と割り切ることが大切です。自分の問題ではないとはどういうことか。これはつまり「その問題については考えない」ということです。

 

もちろん悪口を言いふらしている人がいるのであれば、放置しておけば被害は拡大しますから、面と向かってきっぱりと誹謗中傷を止めるように言うことは大切です。必要であれば訴えるという手段も用いなければいけないかもしれません。ただ、それであっても本質的には自分の問題ではないのです。
また、たとえば同僚が病気になったせいで自分がその人の仕事も引き受けざるを得なくなったというような事態もあります。これは一見すると仕方がないことのように思えますが、一歩踏み込めばやはり自分の問題ではないのです。処理しきれないほどの仕事であるならば分担してもらうように上司にかけあったり、処理できる分のみを引き受けるなど、できることはあるはずです。

 

自分の問題ではないことには踏み込まない。これは自分の欲望のままに生きろという意味ではありません。たとえば世界の貧困問題を解決することは大切です。では、そのためには何をするのか。募金をするなり、不要な衣服を寄付するなり、自分なりにできることを精一杯行い、あとは考えないことが求められます。

②それは対処できる問題か

世の中には対処しようがないものがあります。たとえば生老病死の苦しみです。すべての生き物は生きることそのものが苦しみです。また老いや病、そして死は逃れられない苦しみといえます。

 

これについて悩み苦しんだところで、得られる成果はありません。現実的に対処できないものについては悩まない。このスタンスを持つことも大切です。

 

■不要な苦しみは引き受けない

 

日本人はまじめな人たちが多いですから、必要以上に自分から苦しみを引き受けがちなところがあります。しかしスティーブン・コヴィーやアドラーが述べているように、自分の課題や自分が影響を与えられる範囲と、それ以外とを切り分けることは大切です。

 

ゴシップ報道をみて顔をしかめるのはおもしろいと同時に不快なものです。このような小さな苦しみを増やしていくと知らず知らずのうちに心が汚染されてきます。関係がないものはきちんと切り分ける。自分ができることをやる。この意識を持つことを心がけるようにしましょう。

■対処できない悩み・苦しみ・悲しみは

どうしようもないことが世の中にはあります。たとえば交通事故で手足を喪ったというような理不尽な苦しみに襲われることもあるでしょう。これはどうしようもないものであり、かつ、収まらない苦しみです。その場合には「納得をする」というスタンスが求められます。「納得」の方法については別個記載します。

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