苦しみに対処する

苦から脱却するために絶対に必要なマインドとは

苦しみから脱却するにあたり、絶対に必要なマインド。それは「検証できないものには関わらない」ことです。なぜなら苦しみに苛まれて心が弱っているときには、占いのような検証できないものに飛びつきたくなってしまうからです。

 

占いの言葉はときに人の人生を変えかねません。しかしそれに対して彼らは責任を負えるのでしょうか。個人的には大いに疑問が残ります。もし「どうなのだろう」と思った方はyoutubeで無料のタロット占いでも100動画くらい見てください。最終的に「みんな同じことを言ってるな」と気づくことでしょう。

 

■オカルト・スピリチュアルに関わる者の末路

 

 

オカルト・スピリチュアルの世界は体系立っておりません。ぐちゃぐちゃと言うことです。一見すると体系立ったことを語っている人もいますが、その世界観はよく見るとさまざまな古今の宗教の切り貼りでできており、しかも無理につなぎ合わせているため、内容にも矛盾が散見されます

 

また、仏教・キリスト教のような歴史に磨かれてきた大宗教と異なる点として、オカルト・スピリチュアルを語っている人はその多くが「自分本位」です。体系だっておらず、終着点もわからないのに、目先の利益だけをぶら下げて「こういう良いことがある」と喧伝する空虚なものに巻き込まれるとどうなるか。遠からず、まるで押入れに閉じ込められたような狭くいびつな空間で、何が正しいのか、何が間違っているのかもわからない日々を送るはめになってしまいます。

 

もう一点、検証できないものを遠ざけた方が良い理由として、自分の苦しみの原因を探るにあたり、人によっては自己の内面を深く掘り下げる過程で「ありもしない事実を確信してしまう」ことがあるためです。たとえばそれは「前世体験」であったり「神からの啓示」だったりするかもしれません。これはその人の幼少期の生育環境やストレスなどによって生じることがあります。そしてそのような事態が生じると、本人は神秘体験としてそれを受け止め、生活に支障をきたすほどに人格の根幹をゆがませてしまいます。

 

上記のようなものに関わると、一時的に苦しみからの脱却を図れるかもしれません。しかし最終的には暗くねじまがったどことも知れぬ場所へと、自分の人格と人生を迷い込ませかねません。目に見えず、検証も実感もできないものを信じてしまう末路は恐ろしいものです。実際、私は幾人かそのような人に会っております。

 

■自分の苦しみを乗り越えられるのは自分だけ

 

 

過去にわたしは、今苦しい思いをしている人たちに向け、オカルト・スピリチュアルの中でもとりわけ危ない「占い」や「前世」などに踏み込ませないようにするためにはどうしたら良いのだろうかと考えたことがありました。あえてつま先だけスピリチュアルに踏み込むかたちで、やわらかく矯正することを目指したサイトを製作して実験してみましたが、訪れてくる方はどうしてもスピリチュアルに寄りかかりがちな印象は免れません。

 

人は弱いものです。何かあれば超常的な力に頼りたがります。それでも当サイトでは、苦からの脱却は「自分で乗り越える」ことを推奨しています。たとえアドバイザーとして、精神科医やお坊さんなどの補助を得ることがあったとしても、最終的に問題を解決するのは自分自身であるという意識を持つことが大切です。なぜなら自ら苦難を乗り越えてこそ、初めて人は成長し、以降、その苦しみを繰り返さない生き方を選び取ることができるようになるからです。それこそが人間の持つ最もすばらしく、尊い力です。

 

このような経緯もあり、当サイトではなるべくオカルト・スピリチュアルに踏み込まず、そのかわり、苦しみから本当に脱却できる実践的な方法だけをお伝えできればと考えています。

 

とは言え、製作者は仏教徒ですので、当サイトでもごくまれに逸脱した部分もあるかもしれません。それでも、たとえば「慈悲の瞑想」のようにやってみたら即座に効果を感じやすく、かつ常識の世界から逸脱しないようなものだけを記載するつもりです。その点だけどうぞご寛恕ください。

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